さて、今回は日本神話に馴染みがある人にとっては、「何をいまさら」と言いたくなる程度の記事。
かの有名な「三種の神器」について、ごく簡単に触れてみたい。
◎三種の神器とは以下の通り
*八咫鏡(やたのかがみ)
*八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
*草薙剣(くさなぎのつるぎ)
◎八咫鏡について
八咫鏡が初登場するのは、天照大御神が天の岩屋の中に隠れてしまった例の事件の折。
八百万の神々が相談して、様々な方策をめぐらす。
その一つが、八咫鏡を作るというもの。
その場面を『古事記』現代語訳(蓮田善明訳)から引用する。
⇒「それから、天の安河のほとりの堅石を取り、天の金山の鉄を採って、鍛冶の天ツマラという者をさがし出し、イシコリドメノ命に命じて鏡を作らせる」
こうして、出来上がったのが「八咫鏡」である。
原材料は鉄のようで、それを鍛冶師の技術により作製したことしかわからない。
では、「天の岩屋」の一件で、この八咫鏡はどのように使われたのか。
⇒「天ノコヤネノ命とフトダマノ命が、かの鏡(=八咫鏡)を差し出して天照大御神にお見せすると、大御神は映ったすがたを見ていよいよ怪しくお思いになり、思わず、戸から少しばかりお出ましになったところを、戸のわきに隠れていた天ノタヂカラノ神が、すかさず御手を取ってお引き出し申し上げた」(蓮田氏の現代語訳による)
鏡に映った自分の姿を見たアマテラスが、「え?これ、誰?」とおびき出されたという次第。
神々の計略は見事に成功したわけである。
◎八尺瓊勾玉について
八咫鏡と同様、「アマテラスの岩屋ひきこもり」事件解決のために神々の協議の結果、生み出されたもの。
ただ、この勾玉製作に関する『古事記』の記述は、簡潔そのもの。
⇒「また、タマノオヤノ命には八尺勾玉の紐玉を作らせる」(蓮田氏の現代語訳による)
勾玉の形状や大きさについては、専門家で意見が分かれる。
大きな玉か、それとも長い緒につないだ勾玉なのか、、、
玉の素材も、瑪瑙(めのう)か翡翠(ひすい)か、、、様々に推測されているようだ。
では、ここで、我らが今東光大僧正の説を『毒舌日本史』から引用しよう。
⇒「あの玉造てえ所は古い玉造部の棲んでいた土地さ。あの辺の中国山脈は翡翠や瑪瑙などの玉類を産出するんだな。その玉造りの技術を持った奴等が勾玉を造ったんだよ。硝子さえ吹いて作る技術もあったらしいね。三種の神器でも八尺瓊勾玉が最高さ。鏡なんて夏殷周三代のいずれかの舶来物だろうが大したもんじゃねえ。剣だって、まあ、大体の値踏みは出来ます。しかし、最上等の翡翠の玉をつらねた頸飾りとなると大変な値打ちだよ。うっかりするとエメラルドかもしれねえ。事実、日本も太古にゃエメラルドが出たかもしれません」
大僧正は翡翠か瑪瑙かと想像しながら、なんとエメラルド製の可能性まで示唆している。
真実は、一体、、、、
◎草薙剣
須佐之男命(スサノオノミコト)が倒した、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の体内から出てきた剣。
⇒「さて、大蛇の中の尾をお切りになる時に、御刀の刃がこぼれたので、怪しく思って御刀の先で切り裂いてごらんになると、中に、細身のするどい剣が入っていた。命(=スサノオ)は、それを取りあげてみて、不思議なものだとお思いになり、天照大御神に献上された。これが、後の草薙の太刀である」(蓮田氏の現代語訳による)
この宝剣が威力を発揮するエピソードは、倭建命(ヤマトタケルノミコト)東征のくだりで紹介されている。
相模国の国造に騙されて、野の中にヤマトタケルが入っていくと、建を焼き殺すため、国造らが周囲の草木に火を放つ。
ヤマトタケル、絶体絶命のピンチ。
⇒「ここで、まず草薙の剣で草を刈り払い、その火打ち石で火を打ち出し、向かい火を着けて燃え来る火を焼き退け、野の中から脱出して戻って、ことごとくその国造らを切り殺し、火を付けて焼いておしまいになった」(中村啓信氏の現代語訳による)
文字通り、草薙剣で「草」を「薙ぎ」払ったというわけ。
正確に言うと、この逸話が「草薙剣」命名の由来らしい、そもそもの話が。
この時にヤマトタケルが草薙剣を所持していたのは、東征へ向かう際に、伊勢神宮のヤマトヒメノ命(=ヤマトタケルの叔母)から賜ったから。
また、引用した現代語訳中の「その火打ち石」も、ヤマトヒメから授かったものである。
ヒーローには、最強の武器や身を護るアイテムが付きものだ。
◎おわりに
本記事では、三種の神器についてごく基本的な情報だけを扱った。
『古事記』や『日本書紀』に詳しい人には、当たり前すぎる内容だったと思う。
また、折を見て、この話題を取り上げたい。