原案=コナン・ドイル 構成=竹内良輔 漫画=三好輝『憂国のモリアーティ』集英社(アイリーン・アドラー登場回)

知り合いから、『憂国のモリアーティ』を紹介されて試しに読んでみたら面白い。
構成は竹内良輔、漫画は三好 輝。

この作品が魅力的なので、原作を思い出してコナン・ドイル『ボヘミアの醜聞』を久々に再読した程です。

しかし、この漫画の構成者は想像力豊かですね。

コナン・ドイルの原作だとアイリーン・アドラーは、物凄い美人と設定されてはいるけど、容姿の細かい描写はありません。
ですから、容貌の細部はハッキリ言って不明です。
瞳の色、眉の形、鼻、唇、耳、身長、体型などなど、これらすべてに関してなんの記述もありません。

原作小説の中では、国王もホームズもワトソンもただただ「綺麗だ」「美人だ」と褒めるだけ。
実際にアイリーンの描写に使われている英語を少し紹介すると、

She has the face of the most beautiful of women
She is the daintiest thing under a bonnet on this planet
she was a lovely woman, with a face that a man might die for

とまあ、皆さん褒めまくりですが、こういう感じの英語なんです。
こういう活字から、具体的?な容姿は浮かびにくいと思いますが。
あ、挿し絵があるか、でもアイリーンアドラーの挿し絵はあったのか?
シャーロキアンなら知ってるでしょうね。

で、今、たまたま、ネット検索したら青空文庫の『ボヘミアの醜聞』(大久保ゆう訳)の中にシドニィ・パジェットによる挿し絵が何点かありました。
そのうちの二つにアイリーンが登場しています。

一つは教会での結婚の場面でアイリーンの横顔。
横顔だし、目を閉じているし、顔貌はよくわかりません。
残念!
もう一つは、男装のアイリーンがホームズに、”Good-night, Mister Sherlock Holmes.” と声をかける場面の挿し絵。
これも男装だし、表情もハッキリ描きこんでいません。
この辺は、あえてそうしたというか、そもそもの原作小説が細かい描写をしていないのだから仕方がないというか、必然でしょうか。

ただ、このパジェット氏、ホームズの「鹿撃ち帽とインヴァネス・コート」スタイルを最初に描いた人物だそうです。
原作者ドイルはそのような記述をしていないということです。

それはさておき、三好さん描くところのアイリーンはイイですね。
右目の下のホクロは竹内さんからの指定ですか?
それとも、三好さんの発案?
なかなか結構な画でございます。

原作はボヘミア国王が登場しますが、漫画はアイリーンが男装して国王を演じる。
『憂国』では国王本人の出番はありません。

原作は写真の回収という、国王からの依頼でしたが、漫画のほうはスケールがデカイ!
大英帝国がフランス革命の黒幕、その証拠たる極秘文書をアイリーンが盗み出したというもの。

『憂国』でも国王に扮したアイリーンがホームズに写真の回収を依頼しますが、これはアイリーンが仕掛けた罠。

ドイルの原作では、アイリーンの住むアパートで発煙筒を使い火事に見せかけて写真の隠し場所を突き止める作戦。

『憂国』では、アイリーンがこの作戦を読んでいて、逆手に取る。
部屋にオイルを染み込ませていたから、火事になり消防車まで出動の大騒ぎーこれがアイリーンの狙いでした。

そして、アイリーンはホームズの下宿に乗り込んでくる、とまあ、こんな感じで構成者竹内さんの物語作りの力量は素晴らしいです。

その後の展開は、ホームズは、俺がアイリーンを守る!とか言って張り切るし、二人でデート?するし、ハドソンさんはヤキモチ焼くし、、、

あ、ハドソンさんは原作ではMrs. Hudson ですよ。
その辺の設定も漫画は工夫してますね。
もっと言うと、原作の『ボヘミアの醜聞』では、大家さんはハドソンさんではありません。
ターナー夫人(Mrs. Turner)となっております。

『憂国』のハドソンさんはミスですから、もちろん独身で、最初アイリーンが下宿に来た時のやりとりが、
「だから宜しくね?ミセス・ハドソン」
「・・・ミスですよ ミセス・アドラー」というバチバチでございます。

原作では一切接点のない二人の女性が、『憂国』ではいろいろと絡んで面白い場面を提供してくれます。

未読の人はぜひ!
本当に面白い作品です。