アイリーン・アドラーとシャーロック・ホームズ2

前回の続きです。今回も便宜上、各文に数字をふります。

6 He was, I take it, the most perfect reasoning and observing machine that the world has seen, but as a lover he would have placed himself in a false position.
7 He never spoke of the softer passions, save with a gibe and a sneer.
8 They were admirable things for the observer – excellent for drawing the veil from men’s motives and actions.
9 But for the trained reasoner to admit such intrusions into his own delicate and finely adjusted temperament was to introduce a distracting factor which might throw a doubt upon all his mental results.

6 I take it は両側にコンマがあるから挿入で、ここではほとんど I think の挿入と同じと見なしてかまいません。
つまり、I think that he was the most perfect reasoning and observing machine that the world has seenとほぼ同じです。
that the world has seenのひとまとまりはthatが関係代名詞で後ろからmachineを修飾しています。
直訳すると、世界がこれまでに見てきた中で最も完全な推理能力と観察能力を持つ機械、です。
the world has seen も英語らしい言い回しで、要は「世界最高峰の」「たぐいまれな」「他の追随を許さない」あたりのニュアンスで、要するにワトソンが知る限りにおいて最高の頭脳の持ち主ということです。

ただ、もっと踏み込むと、ここでのmachineはa person who acts automatically, without allowing their feelings to show or to affect their work ぐらいの意味ですから、「機械」と訳しても大丈夫ですが、こだわる人は英英の定義に忠実な訳語を選ぶかもしれません。
または、「機械のような・ように」と比喩的に訳すのも良いかもしれません。
⇒機械のように完璧な推理力や観察力を持つ人物、とか訳すのもありだと思います。

but は前後の文をつなぐ接続詞です。
as a loverは文頭副詞句であると同時に「仮定」の気持ちが入っています。
だから、動詞部がwould have placed という「仮定法過去完了」で使う形になっています。
ここはやや難でしょうか?
恋人としては⇒実際にはホームズは恋などしなかった⇒もし、ホームズが誰かの恋人になっていたとしたら、という仮定の気持ちです。
では、仮にホームズが恋をしていたら、その相手は誰でしょうか?ワトソンの考えでは、アイリーン・アドラーだったのではないでしょうか。
作者のコナン・ドイル(故人)に訊くしかないですが。

a false positionは、直訳すると「不本意な立場」ぐらいの意味です。
恋人としてはホームズは自分を不本意な立場に置いてしまう⇒ホームズは恋愛には向いていない。

直訳
私が思うに、彼は世界最高レベルの完璧な推理力と観察能力を備えた精密機械であったが、誰かの恋人としてはまったくふさわしくない人物であった。

意訳
ホームズほどの完全無欠な推理力と観察眼を備えた冷静沈着な人物は世界中のどこを探してもいないと思う。だが、女性と恋愛関係になっても、ふさわしい行動ができない「恋愛に疎い」タイプだった。

7 He never spoke of the softer passions, save with a gibe and a sneer.
コンマの前は、speak of ~ ~について語る、描写する never はもちろん「決して~しない」
さて、the softer passions がやや難でしょうか。
人間の感情の中で「やさしい、心地良い、甘い、あたたかい」などのイメージを与えるものだと理解するといいと思います。hardなものと比べてsofterと言いたいのでしょう。
passions が複数形ですから、love はもちろん、affection, fondness, devotion, warmth, tenderness, care, good will, compassion, gentleness などをthe でひとまとめにしています。

では、コンマの後ろでは save は大丈夫でしょうか?
動詞ではありません。except と同じ意味です。
例、They knew nothing about her save her name.
彼らは、彼女のことは名前以外何も知らなかった。
with a gibe and a sneer は全体で副詞句になります。
gibe = jibe で an unkind or insulting remark about somebody で、「あざけり」「あてこすり」などと訳されます。
sneer = an unpleasant look, smile, or comment that shows you do not respect sb / sth で、「冷笑」「軽蔑」などと訳されます。

直訳
彼があざけりや冷やかしをせずに愛や好意などの人間の優しい情について語ることは決してなかった。

意訳
人間の優しい心情について語る際には、ホームズは必ず皮肉を交え軽蔑の表情を浮かべながら描写していった。

8 They were admirable things for the observer – excellent for drawing the veil from men’s motives and actions.

They = the softer passionsです。
the observer = Holmesです。
繰り返しをさけるためのバリエーションです。
veil = a thing that hides or disguises something です。

直訳
そのような人間のやさしい心情はホームズにとって人間観察に非常に役立った。愛や好意という感情が人間の動機や行動を隠しているものを取り払うのに極めて有効だからだ。

意訳
ホームズにとっては他人の恋愛感情や好意は人間観察の強力な武器となる。その心理や心情を追ってゆけば人間の隠れた動機や行動を暴き出すことができるからだ。

9 But for the trained reasoner to admit such intrusions into his own delicate and finely adjusted temperament was to introduce a distracting factor which might throw a doubt upon all his mental results.

the trained reasoner = Holmes です。
such intrusions = They = the softer passions です。
繰り返しを避けるためのバリエーションです。
was の前が主語、後ろが補語の第二文型です。
which は関係代名詞で、a distracting factor を後ろから修飾しています。
his own delicate and finely adjusted がtemperamentを修飾しています。
throw a doubt upon ~ は~に疑いをいだく、~を疑うぐらいの意味です。

直訳
しかしホームズにとって自分の繊細で見事に整った気質に甘い感情の介入を許すことは、自らの思考や推理に疑いをもたらすかもしれない邪魔ものを導入することになる。

意訳
しかしホームズ自身が恋愛感情を持つと彼の頭脳活動の邪魔になりかねない。ホームズ生来の繊細で正確な思考や推理に狂いが生じるかもしれないのだ。

では、6~9までの訳をまとめます。
直訳 
私が思うに、彼は世界最高峰の完璧な推理力と観察力を備えた精密機械であったが、恋人としてはまったくふさわしくない人物だった。彼があざけりや冷やかしをせずに、愛や好意などの人の優しい情について語ることは決してなかった。そのような人の心情はホームズにとって人間観察に非常に役に立った。愛や好意が人間の動機や行動を隠しているものを取り払うのに極めて有効だからだ。しかし、ホームズにとって繊細で見事に整った自分の気質に甘い感情の介入を許すことは、正確な思考や推理に疑念をもたらすかもしれない混乱を導入することになるのだった。

意訳
ホームズほどの完全無欠な推理力と観察眼を備えた冷静沈着な男は世界でも類を見ないと思う。だが、女性と恋愛関係になったとしても、不器用な対応しかできない「恋愛に疎い」男だった。他人の愛や恋などについて語る時、ホームズは必ず皮肉を交え、軽蔑の色を浮かべながら描写していくのだ。人の恋愛感情や好意はホームズの人間観察にとって強力な武器となる。その心理や心情をたどっていけば人間の隠れた動機や行動を暴き出すことができるからだ。しかし彼自身が恋愛感情を持つと頭脳活動が混乱するおそれもある。ホームズ生来の繊細で精密な思考や推理に狂いが生じるかもしれないのだ。

ぶっちゃけ訳(正確さは保証しません、半分以上お遊びです)
俺に言わせると、ホームズの推理力と観察眼は世界一だ。まさに正確無比のコンピュータみたいなものだ。しかし、仮に女とつきあっても、どうしたらいいかわからない恋愛オンチだ。そのくせ、人の色恋沙汰となると、「バカバカしい」とか「実に、くだらん」とか言いながら軽蔑した調子で語るのだが。愛だの、恋だのはホームズが人間観察する際に大いに役に立つ。甘い感情にうかれた人間の心理を追いかけて、本音や秘密の行動を暴いていくのだ。だが、彼自身が女に惚れると、ちょっとまずいことになりそうだ。あの繊細で精密な頭脳が甘い感情にかき乱され、観察力と推理力が狂うかもしれないのだ。