左翼・リベラルの頭のほど(=レベルの低さ)

前回、某大学教授の発言を例にして、左翼・リベラルの頭のほど(=レベルの低さ)について記事にした。
今回も、その続きである。

このリベラル教授は、インタビューの中で以下のように発言する。
「問題は、日本がこの過去を完全には清算していないということ、この過去がいまだに過ぎ去っていないということです」
⇒「この過去の清算」とは大東亜戦争の清算という意味で発言している。

戦後まもない頃の発言ではなく、昨年(令和5年)のご高説(⇐皮肉です、念のため)である。
この人、本当に大丈夫?

以下に、事実を並べる。

*戦後、日本はGHQによる占領統治を受けた。
*その後、1951年に日本はサンフランシスコ平和条約を締結、翌1952年に独立をはたす。
*この平和条約に基づき、日本は戦後処理を行った。

⇒フィリピンに対し5億5000万ドル、ベトナムに対して3900万ドルの賠償を行った。
⇒その他の条約当事国は日本に対する賠償請求権を放棄した。

さて、ここまでの事実を考慮すれば、常識的な判断力を持つ人間なら、過去の清算は終了と認定する。
まあ、左翼・リベラルの非常識な頭脳では理解できないのかもしれない。

さらに、事実を列挙しよう。

*日本は赤十字国際委員会に捕虜に対する償いとして英ポンド換算で450万を支払った。
*韓国へは、1965年の日韓協定により、5億ドルの経済協力(無償3億ドル、有償2億ドル)を実施した。

また、個別の平和条約に基づき、日本はビルマに2億ドル、インドネシアに2億2308万ドルの賠償を供与した。
ただ、インドは賠償請求権を放棄した。

まだまだ、事実を挙げていくことはできるが、とりあえずはここまでとしよう。

素朴な疑問だが、この教授は上記の事実を知らないのか、それとも知っているのにあえて無視しているのか?
前回も言ったが、知らないのであれば「不勉強」であり、あえて無視しているのなら「不誠実」である。
当ブログの読者の皆さんはどう思いますか?

もう一点、左翼・リベラルの頭のほどをよく示しているのが、「この過去がいまだに過ぎ去っていない」という部分。
普通、「過ぎ去った」ことを「過去」というのが日本語の常識だが、往々にして左翼さんたちは言葉遊びがお好きと言うか、自分の言葉に酔う傾向がある。

まあ、この教授が言わんとするのは、「戦前の日本はとんでもない悪だった。そして、今の日本にもその悪が存在する」というお決まりのご高説(⇐これも皮肉ですよ)であろう。

では、ここで、左翼・リベラルの人たちの頭の中を可視化してみよう。

先の大戦のとらえ方については、

⇒正義の民主主義国家の連合国(米・英・仏など)VS悪の軍国主義・ファシズム国家の枢軸国(日・独・伊)、という戦勝国側のプロパガンダを頭から信じ込んでいる。
⇒GHQ史観に基づき、「大東亜戦争」という呼称を認めない。
⇒戦後の清算が終わったことを認めると、日本を攻撃できないので、終わったことにしたくない。
換言すると、日本を非難することに快感を覚えているので、いつまでも攻撃を続けたい。

*ある意味、単純というか能天気な思考で清々しい(⇐皮肉ですよ、ここはブログ主の感想)。

政治思想については、

⇒民主主義が最高であり、「人権宣言」は疑うことのできない真理である、と本気で信じ込んでいる。
(このような精神構造は、「宗教」における「信」の構造そのものである。これに関しては、また別の機会に)
⇒天皇という「君主」の存在がどうも気にくわないようだ。
(そのくせ、「人権宣言」を「神」のように崇めている)
⇒ノルウェー、スウェーデン、デンマークなどを福祉国家として礼賛するが、この三国のすべてが「君主制」であることには批判の目を向けない(というか、知らないふりをしているようだ)。

だいたい、このように認識しておけば、ほぼ間違いはなさそうだ。
上で可視化した彼らの頭の中では、

「戦前の日本は軍国主義だ、ファシズムだ、とにかく悪だ」
「人権宣言は素晴らしい、フランスは素晴らしい、日本はダメだ」
「民主主義は最高だ、君主制はよろしくない」
などなどの文言が飛び交い、彼らに特有の固定化した底の浅い意見となってあらわれる。

そもそも、民主主義など単に、ひとつのイデオロギーにすぎない。
彼らが崇拝(=信仰)する「人権宣言」には形而上学的傾向があることなど意識したことすらないだろう。

要は、ほとんどの左翼・リベラルの頭脳はこの程度であり、一言で言うと、レベルが低い!

今回はここでひとまず終えるが、このシリーズはまだ続けるつもりだ。
一般受けしないことは、重々承知の上で。