うちの寮は、一年生は二人部屋だった。
4月から９月の前半と、１０月から３月までの後半と、相部屋の相手は二人となるわけだ。
この後半の相棒があの「森井」であった。
そう、寮の歓迎会で「女になります」「燃やします」をぶっ放した、あの大物である。
相部屋になって、数日後、「森井～、今井から聞いたんだけど、オリジナルの歌を作ってるらしいな」
「うん、まあ、何曲か、、、」
普段の森井は、口数も少なく、どちらかというとシャイな印象だった。
「よかったら、なんか聴かせてもらえないかな」
「いいよ」と答えると、ギターを手にした。
期待の一瞬である。
I can’t stand it here, can’t live with it anymore,,,,
I wanna cry, ah, against this Established World,,,,
Ah, this cruel world is unbearable any longer,,,,
I wanna cry, ah, against this Established World,,,,
Hey, my friend, yeah, let’s drink whiskey, drink the night away,,,,,
Thank you, friend, yeah, you are my best friend, my true fried,,,,,,,,,
え？全編、英語？
正直、度肝を抜かれた。
「ちょっと、なに、英語って、カッコいいな～、これほんとに森井のオリジナル？」
「うん、まあ」
少し、照れている様子がまたイイ。
「ていうか、おまえ、すっごい才能してるな。声もいいし～」
「うん、ありがとう」
「あの、もう一曲いいかな？」
「いいよ」
森井は、再度、ギターを構えた。
あの娘を連れて、狭い路地、、、、
目指すは、向こうのラブホテル、、、、
赤いネオンに誘われて、、、、
あっはん、うふ～ん、あはは～ん、、、、
ホテルは今夜も花盛り、、、、
は・な・ざ・か・り、、、、
「お、ガラッと曲調も変わったし、今度は日本語だな」とそのままの感想が口から出た。
「うん」と、相変わらず言葉少なげな森井。
歓迎会で強烈な芸を見せた「森井」とアーティストのオーラを纏う目の前の人物のイメージがつながらない。
両極端のコントラストに戸惑いながらも、「この男、只者ではないな」という驚嘆と感銘を受ける。
あまりに対照的な衝撃に思考の整理がつかない状態だったが、自然に、なんだか幸せな気分があふれてきた。
「なんかさあ、一杯飲みたくなったよ、外に出ないか」
「いいよ」
二人で、久保田に入り、瓶ビール注文して乾杯。
いつにもまして、ビールがうまい。
興味が湧くにまかせて、森井にいろいろと質問をする。
すると、高校時代から、作詞・作曲・編曲すべてを自分でこなしていたという。
要はシンガーソングライター。
これまでに、数十曲を完成させているらしい。
音楽の素養ゼロの私には、うらやましい限りの才能、まさに天才である。
最初に聴かせてもらった全編英語の歌のタイトルは「Established World」という。
今でも、メロディはほぼ完璧に頭の中にあり、オンチながら歌うこともできる。
ただ、歌詞のところどころがアヤシイ、、、記憶違いがありそうだ。
二番目のラブホテルはメロディも覚えているし、歌詞もほぼ正確だと思う。
非常にノリのいい曲だ。
作曲ができる頭脳とはどんな構造をしているのか、などど考えながら、目の前にいる才人と飲み、語り、至福の時が過ぎていった。
歓迎会で「燃やした」森井を見て、なんて奴だ！と驚嘆したが、今日は「Established World」を聴いて、なんて才能だ！と鮮烈な感動を覚えた。
もう一曲よく聴いていた曲があるのだが、残念ながら断片的にしか記憶が残っていない。
英語と日本語が両方、歌詞に入っていた。
英語の方は、「hey you,,,,,you live in this town」ぐらいしか思い出せない。
日本語歌詞は、「この街並みのどこかに、君は暮らしているのか～、街を出る僕は、もう会えない～」みたいな感じだったと思うのだが。
（寮の同期の皆さん、森井の曲を覚えていたら、情報提供をお願いします）
森井と同室だった半年間は、一生忘れられない大切な思い出。
天才の曲を聴き、馬鹿話したり、飲みに出たり、、、
今、森井はどこで何をしているのだろうか。
いつの日か、再会し、一緒に杯を傾ける機会は訪れるのだろうか。
まだ、「Established World」を熱唱しているのだろうか。
それとも、もっと優れた曲を生み出しているのだろうか。
私にとって、森井は世界一の天才シンガーソングライターだ。
「Established World」最高！