ある分野の超一流の人物を評する際に、「天才の名をほしいままにする」という常套句がある。
この言い回しは富永仲基を讃えるために存在するとしか言いようがない。
とにかく、この人物を天才と呼ばずして、なんと表現すればよいのか。
富永仲基とはそういう思想家である。
今回は、「読書感想」ではあるが、小説ではないから、ある程度のネタバレはご容赦願って記事を作成したいと思う。
さもなければ、富永仲基の独創性・天才性が読者に伝わらないと危惧するからだ。
◎富永仲基(とみなが なかもと 1715~1746年)とは
江戸時代、大阪に生まれた町人学者。
わずか三十一年の生涯において、10余編の著作を世に出した。
しかし、現在その全文が残っているのは、『出定後語』『翁の文』『楽律考』の三作のみである。
◎世界で初めて、仏典を実証的に研究し、その成立過程を解き明かした。
仲基は自らが編み出した「加上説 かじょうせつ」に基づき、経典の成立・展開の順序を以下のように推定した。
阿含⇒般若⇒法華⇒華厳⇒大集・涅槃⇒頓部楞伽(=禅)⇒秘密曼荼羅(=密教)
*この仲基の推定は、ほぼ現在の研究結果と一致している!
約300年前の人間が、たった一人で仏典を研究・分析して導き出した結論が今日の学問成果とおおよそ同じ内容であることに驚愕する。
まさに、恐るべき天才である。
◎仲基の言う「加上説」とはなにか
ある思想や学説は、それ以前に説かれたものを土台にして、先行する主張よりも優れたものを生み出そうとする。
新しい思想は、古い思想に新しい要素を追加したり、昔の学説を批判したり、加工したり、改変をするなどして、いわば「増補改訂版」や「全面改訂版」などとして登場する。
この考えかたを、「加上説」という。
例えば、初期の阿含経典を超えようとして、般若経典がつくられたと仲基は推測する。
仲基の主張は
*「阿含経典」には、一切の現象は存在すると説かれている。
*「般若経典」には、一切の現象は実在しない、一切は「空」であると説かれている。
⇒これは、般若系が阿含の立場を批判・改変し(=加上)、「空」の思想の優位性を説いていると仲基は判断した。
そして、今日の学説でも「阿含⇒般若」の成立順序は正しいとされている。
◎独創的すぎる仲基の方法論
加上説以外にも、仲基が自ら考案し用いた思想・方法論の一部を簡単に紹介する。
*異部名字難必和会(いぶみょうじなんひつわかい)
同系統の思想においても、学派が異なると専門用語の語義や用法に違いがうまれる。
それを無理に整合させようとすると、矛盾や論理破綻が生じるので注意が必要である。
*三物五類
言葉や思想の変化・展開を検証する際の仲基の視点である。
三物とは
1 「言に人あり」=学派によって異なること
2 「言に世あり」=時代によっても異なること
3 「言に類あり」=語の用法・転用が様々に異なること
仲基は、このような原則に基づいて様々な推論を重ねていく。
少しだけ仲基の主張を見てみよう。
⇒ある経典は仏には、法身・応身・化身の三つがあると説く。別の経には、真実と方便の二身があるとする。また、別の経典によれば、仏には四身があると教えられている。この相違は学派によるものだから、これらを無理につじつま合わせしようとすると本質を見失う。
仲基が言いたいのは、それぞれの経典を作成したグループが自分たちに都合の良い用語を使っているだけだということ。
300年前に、これほど冷静な分析ができた頭脳に驚嘆を禁じ得ない。
五類に関しては、割愛させていただく。
ぜひ、本書の一読を。
◎富永仲基に対する江戸時代の評価
富永仲基は、独力の研究により、大乗仏教の経典が釈迦が説いた教えではないことを、結果的にほぼ論証してしまう。
ただし、仲基は大乗仏教を攻撃したわけではない。
独創的な方法論で、大乗経典の成立順序を解き明かしたのだ。
しかし、多くの者は「富永仲基=大乗非仏説論」の図式に当てはめている。
*当時の仏教僧たちは仲基を批判した。
同時代の僧は、まるで「仏敵」であるかのようにこの天才を非難・攻撃した。
数名の僧は、反論書を書いたが、中には単に仲基を口汚なく罵っているだけの内容もある。
*本居宣長は絶賛している。
宣長は自身の書『玉勝間』の中で、仲基とその著書『出定後語』の名前を挙げて、「これを読むと目が覚める思いをすることが多い、、、、とても凄い論理だ」と褒め上げている。
*平田篤胤は仏教攻撃に仲基を利用した。
平田篤胤は、本居宣長の書を通じて仲基を知り、『出定後語』を読み、感銘を受ける。
そして、同書をもじって『出定笑語』を執筆。
仲基の説を引用しながら、徹底的に仏教を攻撃した。
◎最後に
今回は、「読書感想」というよりも「内容紹介」に大きく傾いたことは否定できない。
それでも、まだまだ、仲基の凄さのほんの一部しか紹介できていない。
とにかく、300年前の日本に独創性の塊のような学者がいたことを広く知ってもらいたい。
特に、「日本人には独創性がない」などとしたり顔で発言する人には是非とも、一読して欲しい。
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