「日本の山には何かがいる。
生物なのか非生物なのか、固体なのか気体なのか、見えるのか、見えないのか。
まったくもってはっきりとはしないが、何かがいる。
その何かは、古今東西さまざまな形で現れ、老若男女を脅かす。
誰もが存在を認めているが、それが何かは誰にも分らない。
敢えてその名を問われれば、山怪と答えるしかないのである。」
本書、冒頭の著者の言葉である。
この短い一節で『山怪』の内容は、ほぼ語りつくされている。
これは、第一作だが、現在第四巻まで出版されているようだ。
よく売れている。
わざわざこのブログで紹介しなくても、、、とも思ったが、とにかくもっと多くの人に読んでもらいたい。
山の怪談集?
サブタイトルは「山人が語る不思議な話」である。
不思議といえば不思議、怖いといえば怖い、奇妙といえば奇妙。
民話ではない。
昔話でもない。
狐火、大蛇、神隠し、音だけの怪、様々なモノが登場したり、登場しなかったり。
読んでもらわないことには、この本の味わいや怖さが伝わらない。
もちろん、疑ってかかってみてもいいだろう。
特に、一人の人間が狐火を見たとか、とてつもない大蛇を見たとか、語っている場合は。
ホラを吹いているのだろう、目の錯覚だろう、酔っていたのでは、等のツッコミを入れたくなるだろう。
極度の疲労、空腹、心身の異常などからくる幻覚や幻聴ではないか、という批判も成立するかもしれない。
ところが、『山怪』には複数の人間が同時に同じ体験をする話がいくつも紹介されている。
ネタバレで申し訳ないが、ひとつだけここで触れたい。
とある県の山で三人の作業員が仕事をしていたが、ミゾレが降りだしたので、避難小屋で天候の回復を待つことになった。
小屋に着いたが、扉がなかなか開かない。
石や鉄棒を使って、なんとかこじ開けて、中に入る。
ホッとした三人はカップ麺や菓子パンなどの食事をとる。
外は風が強く、相変わらずミゾレ模様のようだ。
「何か聞こえませんか」
最初は、何の音もしなかったが、よく耳を澄ますと、
シャン、シャン、、、
「鈴か?」
シャン、シャン、シャン、、、、
「あれは、、、山伏の杖の音じゃないですか」
「ああ、確かに、山伏の錫杖の音だな」
すると、その音は小屋の入り口付近で止まった。
山伏が入ってくるのかなと思っていると、再び、シャン、シャン、シャン、、、、、、、
錫杖の音はほぼ小屋の周りを一周して、ふと止んだ。
全員が緊張していると、突然、ドンッ!
大きな音が小屋に響き渡り、三人が天井を見上げた。
「え、跳んだ、飛び上がった?さ、さすが山伏ですね」といったものの、声は震えている。
ミシッ、シャン、、、ミシッ、シャン、、、
天井を足で踏む音と、錫杖の音が上から聞こえる。
山伏が小屋の上を歩きまわっている。
いや、本当に山伏なのか?
それとも、、、、
さて、この山伏の正体は?
続きは、本書で確認してもらいたいのだが、この話のように複数の人間が同じ時間・空間で同じ怪異を経験している場合、それを幻覚や幻聴だと切って捨ててよいものだろうか。
実際に、この「来たのは誰だ」という話を読むとわかるが、なんとも言えないリアリティが行間から漂ってくる。
全部で五十を超える話が収録されているこの『山怪』だが、あまり実害のない不思議なできごとから、水木しげる風に言うと「妖怪」としか表現できないもの、生命の危険を感じる体験や、実際に山で人が不自然に亡くなったり、消えてしまったりする逸話など、その内容は多岐にわたる。
この現代にも、世の中には、説明のつかない不思議や怪異が存在することを教えてくれる一冊。
ぜひ、ご一読を。