水木しげる『不思議旅行』中公文庫

面白いけれども、結構怖い話もあり、本当に「不思議」な本です。
全部で22の話が収録されています。
随分前に、友人から紹介されて一読、これは凄い本だと感じました。

今年になって急に思い出して再読したのは、昨年からネットやテレビで報じられた岡山県のある寺につたわる「人魚のミイラ」のニュースを見たからです。
倉敷芸術科学大学の研究員たちが正体を突き止めようと、2022年から調査を重ねました。
その結果、このお寺の人魚のミイラは造り物だと判明しました。

このニュースで『不思議旅行』を思い出したのは、第一話が、「妖怪のミイラ」というタイトルだからです。
全22話の中で、一番印象に残っているエピソード。
これについて、詳しく書くとネタバレになりますので、それは避けますが、ぜひ、お読みください。
怖い話ですよ。
岡山の人魚のミイラが造り物でよかったと、ホッとしました。

そのほかは、内容紹介のために多少のネタバレはいいですよね?
いくつか、簡単に紹介します。

・「ざしきわらし」が出るという旧家に宿泊した時、電灯を暗くして布団の中に入っていた。しばらくして、急に胸が圧迫されて脈拍がおおきく乱れた。部屋がぐるぐる回り始めて、体が深い谷底に落ちていくような感触。あわてて、飛び起き、部屋の明かりをつけると、何事もなく平常にもどった。

・水木氏の熱狂的なファンのひとりが模型の軍艦をよく氏にプレゼントしていた。ある時、巨大な軍艦のプラモデルを持って水木宅に姿を現し、驚く水木氏の前でオーバーコートの下からもうひとつ大きな模型を取り出した。唖然とする氏を満足げに見ながら、その男は吸血鬼のような大きな口を開けて、ニターリと笑った。この男こそ、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する「吸血鬼エリート」のモデルである。

・テレビの企画で妖怪ものの番組に水木氏も参加した。妖怪の面や着ぐるみを造り、スタッフが熱演し大いに盛り上がった。
来年もやろうという話だったが、その後なんの音沙汰もなかった。実は、その番組に関わった人間が二人死亡し、数人が病気になったという。関係者の間では、「妖怪のしわざではないか」の声。この話を水木氏が娘にすると、「お父ちゃんは妖怪の友達だから、大丈夫だったんだ」と言った。

ご存じのように、水木しげるはニューブリテン島での戦場体験を持つ昭和の男。(⇐生まれは大正11年)
何度も死線をくぐり抜け、左腕を失いながらも生き延びて昭和21年に帰国。
この本の中でも、自らの戦争体験を語っています。
南方に向かう輸送船上で、米の潜水艦が発射した魚雷が船のスレスレを通過していくさまを見て、「どうして当たらなかったんだろう」と、むしろ不思議に思ったなど。
人間の目には見えない「運命の糸」みたいなものを感じてしまった水木しげる。
マラリアが悪化して動けなくなったり、敵機の機銃掃射を受け、命からがら海に飛び込み九死に一生を得たりしながら、「生きたというより生かされた」思いがした、と語ります。

妖怪・怪異ものから、これまでに出会った変人・奇人・怪人のエピソード、生々しい戦争体験などなど、様々な世界が紹介される、まさに「水木ワールド」全開の一書と言えます。

もうひとつ、祖霊ものというか、水木氏は奇妙な夢をよく見るという実話が紹介されます。
よくわからないけれども、「太古のウラミ」というべきものが胸に迫ってくる、と。
不思議で、チョット怖い話ですが、詳しく書くのはひかえます。

岡山県の某寺の「人魚のミイラ」のニュースから、久々にこの本を読み返してみましたが、面白く、怖く、そしてタイトル通り、不思議な作品です。
ぜひ、ご一読を。