前回では当ブログなりの教養の定義までたどり着きませんでした。
ひとそれぞれが自分の得意分野の知識や技術を教養とみなすのではないか?とは書きましたが。
ちなみに今読んでいる本の中に、面白いというかバカバカしい話が紹介されています。
簡単に説明します。
1995年、アメリカのとある州で強盗事件が発生した。
犯人は変装もせずに堂々と二つの銀行を襲った。
しかし、当然監視カメラは設置されており、素顔のままの容疑者の映像は全米で公開。
あっという間にこの男は逮捕された。
警察の取り調べでビデオ映像を証拠として見せられたこの男は、「おかしいなあ。ちゃんと顔にジュースをつけたのになあ」と言ったそうな。
なんと、この犯人は顔にレモンジュースを塗っておくと監視カメラに映らないと大真面目に信じていたのです。
このニュースを知った心理学者が、「人間はなぜここまで愚かになれるのか?」との疑問からもう一人の研究者とともに実験を行い数々の発見を行った、という内容です。
この本に関しては、また当ブログの「読書感想」で紹介するかもしれません。
教養とは何かを定義するのはかなり難しいかもしれませんが、ハッキリしているのは、この銀行強盗を見て、教養があると思う人はおそらくいないでしょう。
顔にレモンの果汁を塗れば、透明人間になれるという、どこかで仕入れた情報というか真っ赤なウソを盲信している。
ちょっと冷静に考えてみれば、ウソだとわかりそうですが。
*それが本当なら、知っている人は多いはず。
*本当かどうか試しに実験してみる。
*知り合い、友人に尋ねてみる。
などなど真偽を確認する方法は多少常識のある人ならすぐに思い付くはずです。
まあ、この犯人はその程度の常識もなかったのでしょう。
とすると、教養の前提として常識は必須条件ではないでしょうか。
当たり前か、ハハハ!
日本も負けてはいません。
数年前に某県において、ある居酒屋が閉店作業をしているところに、覆面をして刃物を持った男が押し入ってきた。
店員に刃物を見せて現金を要求したところ、店員が
「店長ですか」と見破ったために
「強盗には気をつけろよ」と言い残して立ち去ったとのこと。
実際に、この強盗未遂の男はその居酒屋の店長でした。
しかも、その翌日には「二人組に30万円を奪われた」と虚偽の強盗被害を警察に届け、取り調べにおいて店のお金を着服していたことが発覚。
そして、当然ながら御用になったという、おバカさんです。
でも、顔にレモン汁を塗るのではなく、覆面をする分別?はあったということで、、、
あれ?
なんか「日米おバカ対抗戦」になってないですか?
いつのまにやら、、、
「教養の定義」をしようという話はどこに行った?
そもそも、テーマが大きすぎた感じがします、今更ながら。
教養そのものの定義は難しいのですが、なぜか自然に、「あの人は教養があるなあ」と感じられる人々がいます。
その人たちの発言や行動をよく見ていけば、教養とは何かの答らしきものが現れるかもしれません。
機会を改めて、自分が思う「教養人」について紹介できたらなあ、と思います。
今回は、羊頭狗肉で終わります。
浅学菲才の身には大きすぎるテーマでした。
当ブログの「読書感想」のレジー「ファスト教養」のところで、一応、簡単に定義づけはしておりますが。
この辺で、失礼いたします。