JR宮崎駅の西口の愛称は「高千穂口 たかちほぐち」という。
一方、東口は「大和口 やまとぐち」である。
令和2年に決まったらしい。
これだけでも、宮崎県が「神話のふるさと」を自負する気概が理解できる。
高千穂は天孫降臨の地で、宮崎駅からみて西に位置しているし、神武天皇が向かった大和は東にあるからだ。
さて、天孫降臨の地に関しては、『古事記』に以下のような記述がある。
(蓮田善明氏による現代語訳から引用する)
⇒「こうして、天ツヒコホノニニギノ命は、高天原の御座をお立ちになり、空にたなびく八重雲を押し分けて、威風颯爽と道をひらきひらき、天の浮橋をしっかりと足に踏みつつ御進発遊ばされ、筑紫の日向の高千穂久士布流岳に天下りになった」
見ての通り、文中には、「日向」や「高千穂」等の地名が登場。
蛇足だが、「天ツヒコホノニニギノ命」は、天照大御神の孫にあたる。
つまり、天照の「孫」が「降臨」されたから、「天孫降臨」という次第、念のため。
では、神武天皇の東征に関する『古事記』の内容を、蓮田氏の現代語訳で確認してみよう。
⇒「さて、カムヤマトイハレビコノ命と、御兄命のイツセノ命のお二人は、高千穂の宮にましましたが、ある時、『天下を安らかに治めることができるには、どこに都したらよろしいでしょう。やはり、東の方に向って行ったら、と思いますけど』とお議(はか)りになった上、日向の国を発して筑紫の国においでになった。豊前の宇佐では、、、、」
引用中の「カムヤマトイハレビコノ命」が、神武天皇のことである。
宮崎県の人たちが、「宮崎県は神話のふるさと」と誇るのも、当然なのかもしれない。
ところが、「高千穂」という地名を巡って、ライバル県の鹿児島にも言い分がある。
実は、天孫降臨の地に関しては、古くから二つの説があるのだ。
⇒鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島連峰の高千穂峰という説
⇒宮崎県高千穂町の槵触山(くしふるやま)という説
さらに、鹿児島県人が、「鹿児島こそ神話県」と主張する根拠には、「日向」という地名そのものにもある。
令和の感覚では、「日向」といえば「宮崎県」と、すぐに連想するかもしれない。
しかし、八世紀以前は、「日向 ひむか」は現在の宮崎県と鹿児島県を含む、広い地域を指す名称だった。
専門家によると、その「日向」から、八世紀の初めに、現在の鹿児島県東部が分離して薩摩国となり、現在の鹿児島県西部が同様に大隅国になったという。
この「八世紀の前後」というのも、微妙なところで、『古事記』の成立が712年(八世紀の始め)だからだ。
ちなみに、『日本書紀』の完成が720年とされる。
完成は712年だとしても、『古事記』の内容はそれ以前の資料(『帝紀』や『旧辞』など)に基づいている。
となると、薩摩国の分離が702年頃だとしても、その事実を踏まえたうえで『古事記』の記述を完成させたかどうか、、、
結局、『古事記』のいう「高千穂」や「日向」が、現在の宮崎県なのか、鹿児島県かに関しては、様々な説がある。
ハッキリ言ってよくわからない、とするのが無難なところだろうか。
(この件に詳しい方がいましたら、ご教授ください)
それでも、鹿児島県が「我が県こそは」と主張するのは、他にも理由がある。
それは、同県には、神代三陵(かみよさんりょう)があるという事実だ。
この神代三陵とは、神武天皇の祖先三代の陵墓であり、ニニギノミコト(=天照大御神の孫)の可愛山陵、ヒコホホデミノミコト(=ニニギの息子)の高屋山上陵、ウガヤフキアエズノミコト(=ヒコホホデミの息子であり、神武天皇の父)の吾平山上陵の三陵。
しかも、この三陵は、明治七年に宮内庁により治定されている。
鹿児島県にとっては、強力な「お墨付き」だ。
だが、宮崎県も負けてはいない。
昭和13年ごろから、宮崎市の皇宮屋(こぐや)に「八紘之基柱 あめつちのもとはしら」という記念塔を建設しようとする。
皇宮屋とは、神武天皇の皇居跡とされる。
この記念塔は、その後、建設地を丘陵地(現在の名称は「平和台公園」)に定めて、昭和15年に完成。
高さが約37メートルの堂々たるもので、戦時中の切手や紙幣のデザインにも採用された。
そのため、当時の日本人には広く知られており、「宮崎県=神話のふるさと」のイメージづくりに貢献したと思われる。
宮崎県民にはお馴染みの、この建造物は、一般には「八紘一宇の塔」とか「平和の塔」と呼ばれているようだ。
聞いた話では、ここが1964東京オリンピック聖火リレーの起点となったとのこと。
さらに、宮崎県には、「皇軍発祥の地」や「日本海軍発祥の地」もある。
前者は日本陸軍を代表するもので、前出の皇宮屋にあり、日本海軍を代表する後者は美々津町(日向市)にある。
これも、神武天皇の東征にちなんでいる。
ここまで、宮崎・鹿児島両県の「神話のさとの本家は我が県だ」にかける情熱を、ほんの少しだけ紹介した。
この話題は、掘り下げると、いろんな面から様々な事実や仮説が飛び出してくる。
ひとつの記事では、とても書き尽くせないほどの濃い内容を持つ分野だ。
また、機会を見て、第二弾を準備したい。
本記事に誤認等がありましたら、すみやかに訂正します。
追記
『古事記』に興味がある方のために、入手しやすい現代語訳を二つほど紹介したい。
*蓮田善明『現代語訳 古事記』岩波現代文庫(⇐今回、使用したもの)
*中村啓信 訳注『新版 古事記 現代語訳付き』角川ソフィア文庫