アイリーン・アドラーに始まり、アイリーン・アドラーに終わる短編です。
出だしの一文が、To Sherlock Holmes she is always the woman.
最後の一文が、And when he speaks of Irene Adler, or when he refers to her photograph, it is always under the honourable title of the woman.
さしものホームズも精彩を欠くエピソードです。
というか、出し抜かれたホームズもどこか満足気というか、まんざらでもないという様子に思えます。
有名な短編ですから、あまりネタバレは気にしなくてもいいでしょうか?
・某国王がホームズに重要案件を依頼
・それは、大スキャンダルを引き起こしかねない一枚の写真の回収
・写真の所有者アイリーン・アドラーに計略を仕掛けたホームズ
・写真の隠し場所が判明し、翌日国王とともに回収する計画を立てる
・翌日、踏み込んだ時にはもぬけの殻、国王もホームズも手玉にとられた
とまあ、こんな感じです。
人が殺されたり、派手な銃撃シーンなど一切ありません。
あ、発煙筒は登場しますね。煙が出ただけ。
それと、ヤラセの乱闘はあります、ホームズが仕組んだのが。
全体的にはハッキリ言って、割と地味な展開です。
では、この短編の魅力は何なのだろう?
世のシャーロキアンたちはどんなことを言っているのでしょうか?
で、以下は個人的な印象。
この作品は、アイリーン・アドラーを讃えるためのもの。
彼女がいかにイイ女で、頭脳も明晰で、行動力・胆力ともに優れているなどなど、、、
国王は、もし自分と結婚していたら、申し分のない王妃になっていたとか未練たらしい?発言をする。
ホームズはホームズで、アイリーン・アドラーの写真を国王から謝礼として受けとる。
とにかく、本編のいろんな箇所で、アイリーン・アドラーは美人だとか、毅然としているとか、褒めてばっかりなんですよ。
もしかして、作者コナン・ドイルの理想の女性像?
では、ここで、ホームズはじめ皆さんがどう思っていたか、本文から書き抜きます。
日本文は拙訳、英文は原作からです。
まずは、ホームズ(実際は、ワトソンがホームズの気持ちを語ります)。
「アイリーン・アドラーと比べるとどんな女性も見劣りする。彼女の前では世の女性は皆かすんで見える」
(In his eyes she eclipses and predominates the whole of her sex.)
国王の気持ち
「鋼鉄のような心を持つ女だ。世にもまれな美しい容貌とどんな男にも負けない強靭な精神を兼ね備えている」
(she has a soul of steel. She has the face of the most beautiful of women, and the mind of the most resolute of men.)
「私との身分の違いがなければ、どれほど望ましい王妃になっていたことか。残念でならない」
(Would she not have made an admirable queen? Is it not a pity that she was not on my level?)
街の男たちの気持ち(実際は、ホームズによる代弁)
「街の男どもは皆、あの女のとりこ。美の魔法にかけられているよ。帽子をかぶった、あの優雅で上品な姿はこのうえなく美しいよ」
(she has turned all the men’s heads down in that part. She is the daintiest thing under a bonnet on this planet.)
再び、ホームズ(今回はホームズがワトソンに語った言葉)
「その時、ちらっと見ただけだが、きれいな女だった。あれほどの美貌なら男が命がけで惚れるのかもな」
(I only caught a glimpse of her at the moment, but she was a lovely woman, with a face that a man might die for.)
最後に、ワトソン
「生まれてはじめて、私は消えてしまいたいほど自分自身を恥じた。この美貌の女性を、いや、目の前で負傷者の手当をしているこの美女の優雅で優しい心根までも自分は罠にかけようとしているのだ」
(I never felt more heartily ashamed of myself in my life than when I saw the beatiful creature against whom I was conspiring, or the grace and kindliness with which she waited upon the injured man.)
どうですか、この男たちの骨抜き状態。
全部を書き出したわけではありません。
国王などは、同じセリフ(どれほど素晴らしい王妃になっていたことか)を何回も繰り返しております。
よっぽど身分の差が残念でならなかったようです。
まあ、ホームズは冷静なフリをしてますけど、アイリーンの写真を欲しがったことが彼の本音を物語っています。
というわけで、出だしの文と締めの文から判断しても、この『ボヘミアの醜聞』はアイリーン・アドラーの魅力を讃えるための短編ですね。